2010年01月26日

【社会部発】日教組教研集会閉幕 「平和、人権」アピール発表 (産経新聞)

 □巧妙さ増す組合流

 山形県内で開催されていた日本教職員組合(日教組)の教育研究全国集会(教研集会)は25日、3日間の日程をすべて終え、閉幕した。日教組は同日午後に山形市内で記者会見し「平和、人権、環境、共生を尊重する社会の主権者をはぐくむために、教育実践をさらに深めていく」とするアピールを発表した。

 日教組によると、全体集会と「人権」「平和」「総合学習」など26のテーマ別にわかれた分科会に全国の組合員延べ約1万人が参加した。民主党政権が発足して初めてとなる教研集会には、文部科学省から高井美穂政務官が出席。政務三役の出席は59年ぶりで、政権と日教組の距離が近づいたことを印象づけた。

                   ◇

 ■労働者教育?

 政権交代後、初めての日教組教研。今後の公教育の行方を占う集会として注目されたが、「公教育の中心にいる」「行政への参画を進める」といった自信みなぎる幹部の発言や、報告された各地の取り組み例を眺めていると、果たして日教組が国民の負託を受けて公教育を担っていけるか。暗澹(あんたん)たる思いがした。

 「連合とともに『労働教育』『労働者教育』をカリキュラムに位置づける取り組みの準備を開始した」

 まず気になったのは大会初日の全体集会での中村譲中央執行委員長のこの言葉だった。

 卒業しても働かないニートなど若者の勤労意識がしばしば問題になる。働くことの意義を教え、労働法制の基礎知識を学校教育で教える。既に全国に広がるキャリア教育も「労働教育」にあてはまるだろう。

 ただ、聞き慣れない「労働者教育」という言葉はどうしてもひっかかる。何を公教育にもたらすつもりなのだろう。中村氏の口からは、労働組合の必要性や意義などを教える−ということ以外、具体的な言及はなかったが、労働者の団結や階級闘争の意義などを子供たちに教えるつもりなのだろうか。まさか学校で「教師は労働者」とでも教えるのだろうか。

 高崎経済大学の八木秀次教授によれば、1920年代のソビエトの教育界では「総合技術教育」という似たような施策が実践された。「良き労働者を育てる」ために児童生徒は勤労現場にかり出され、その結果、学力や規範意識の著しい低下を招いたために、30年代半ばに葬られた施策だ。「日教組をはじめ日本の教育界で『ソビエト教育』の信奉者は依然多く、日教組はこれを下敷きにしているのではないか」(八木教授)。政権を支える立場になった今、現実に何が起こるか。しっかりと見守る必要がある。

 ◆続く反対闘争

 分科会でのリポート集からは、卒業式、入学式での国旗掲揚や国歌斉唱について反対闘争を正面から報告したものは影を潜めた。しかし、地方ではいまなおこうした反対闘争は残ったままだ。イデオロギーに基づく「組合教育」をいかに公教育に持ち込むか、といった視点がリポート集を貫いている点も全く変わらない。

 日教組の反戦、平和教育を支える平和教育分科会で気になったのは、平和教育が教科学習だけでなく総合学習や学校行事、修学旅行などで行われていることだった。

 「平和集会や文化祭など、子どもたちの自主的活動を通して平和教育の実践にどう取り組んだか」

 「平和教育を活かした修学旅行の取り組みをいかに実践したか」

 検討課題にはこうした項目が並ぶ。北海道の小学校からは6年生で平和教育の定番「はだしのゲン」を学芸会で演じる実践が報告された。神奈川からは沖縄への修学旅行を県内の高校に浸透させていった組合の17年間に及ぶ取り組みが報告された。

 児童生徒の自主性を前面に出せば、批判を浴びても「子供の選んだ取り組み」を理由に矢面に立つことは少ない。しかし、教師は要所要所で組合寄りの教育に導びいていく。組合流の教育課題を公教育に持ち込むさまざまな仕掛けは巧妙さをましている。そう思えてならない。(安藤慶太)

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posted by ユカワ アヤコ at 21:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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